「銀行で『遺産分割協議書を出してください』と言われたのですが、何を書けばいいのでしょうか」。相続のご相談で、とてもよく聞かれる質問です。ひな形はインターネットでいくらでも見つかりますが、いざ書こうとすると、財産の書き方、署名と押印、印鑑証明書の枚数と、迷うところが次々に出てきます。
遺産分割協議書は、家族の話し合いの結果を「銀行・法務局・税務署が読める形」に置き換える書類です。一度つくると、預金の解約、不動産の名義変更、相続税の申告のすべてで使います。書き方ひとつで、手続きが止まったり、特例が使えなかったりします。このコラムでは、必要な書類、書き方の基本、そしてよくある失敗を順に整理します。
遺産分割協議書とは、何のための書類か
亡くなった方(被相続人)の財産は、遺言がなければ、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で分け方を決めます。民法では、相続人は遺言で禁じられている場合などを除き、いつでも、その協議で遺産の全部または一部を分割できるとされています(民法第907条)。そして分割の効力は、相続開始の時にさかのぼって生じます(同法第909条)。
協議そのものは口頭でも成立しますが、手続きの窓口では書面が求められます。遺産分割協議書を使う主な場面は次のとおりです。
- 預貯金の解約・名義変更:金融機関ごとに提出します
- 不動産の相続登記:法務局に提出します。相続登記は2024年4月から義務化されています
- 相続税の申告:配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使うときは、写しの添付が必要です
- 株式・投資信託・自動車などの名義変更
ポイント:遺言書があり、すべての財産の行き先が決まっている場合は、原則として遺産分割協議書は要りません。逆に、遺言から漏れている財産があれば、その部分だけ協議が必要になります(遺言書の種類と書き方)。
書く前にそろえる書類
協議書を書く前に、「相続人は誰か」と「財産は何か」を書類で確定させることが先です。ここがあいまいなまま書くと、あとで書き直しになります。
| 書類 | 何のために | 取得先 |
|---|---|---|
| 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍・改製原戸籍を含む) | 相続人を漏れなく確定する | 本籍地の市区町村(2024年3月からは最寄りの市区町村でもまとめて請求できる「広域交付」あり) |
| 相続人全員の戸籍謄本 | 相続人が存命であることの確認 | 各相続人の本籍地など |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 協議書に押した印が実印であることの証明 | 各相続人の住所地の市区町村 |
| 不動産の登記事項証明書・固定資産税の課税明細 | 不動産を正確に書く | 法務局・市区町村(課税明細は毎年届く納税通知書に同封) |
| 預貯金の残高証明書・通帳 | 口座を特定する | 各金融機関 |
戸籍の束は、法務局の「法定相続情報証明制度」を使うと、相続関係を1枚の一覧図にまとめた証明書(無料)に置き換えられます。金融機関や法務局をいくつも回るご家庭では、手間がかなり減ります。
書き方の基本——5つの要素
遺産分割協議書に決まった様式はありません。ただし、窓口で受け付けてもらうためには、次の5つが欠かせません。
① 被相続人の特定
氏名、死亡日、最後の住所、本籍を書きます。「誰の相続についての協議か」を明確にするためです。
② 財産を「特定できる」書き方で書く
いちばん差が出るのがここです。不動産は登記事項証明書のとおりに書きます。土地なら所在・地番・地目・地積、建物なら所在・家屋番号・種類・構造・床面積です。住所(住居表示)で書くと、登記で受け付けてもらえないことがあります。預貯金は、金融機関名・支店名・種類・口座番号まで書きます。
③ 誰が何を取得するか
「長男○○が取得する」と、財産ごとに取得者を書きます。1人が土地を取得し、代わりにほかの相続人へお金を払う代償分割の場合は、「代償金として○○円を支払う」と、代償分割であることがわかるように書くのが大切です。単に「長男が次男に○○円を支払う」とだけ書くと、遺産の分割ではなく兄弟間の贈与と見られるおそれがあります(不動産が多いご家庭の相続|分け方と納税資金の準備)。
④ あとから財産が見つかったときの定め
「本協議書に記載のない財産が後日判明したときは、○○が取得する」または「別途協議する」と入れておきます。この一文がないと、少額の口座が1つ見つかっただけで、全員の署名と印鑑証明書を集め直すことになります。
⑤ 相続人全員の署名と実印
協議の日付を書き、相続人全員が住所・氏名を書いて実印を押します。国税庁の通達でも、相続税の申告に添付する協議書は、相続人が自署し、住所地の市区町村長の印鑑証明を受けた印を押したものとされています(相続税法基本通達19の2−17)。協議書が複数ページになるときは、ページのつなぎ目に全員の実印で契印をします。
記載例(抜粋)
遺産分割協議書
被相続人 山田太郎(令和8年○月○日死亡)
最後の住所 名古屋市昭和区○○町○丁目○番○号
上記被相続人の遺産について、共同相続人全員で協議した結果、次のとおり分割することに合意した。
1 相続人山田花子は、次の不動産を取得する。
土地 所在 名古屋市昭和区○○町○丁目/地番 ○番○/地目 宅地/地積 ○○.○○平方メートル
2 相続人山田一郎は、次の預金を取得する。
○○銀行 ○○支店 普通預金 口座番号○○○○○○○
3 本協議書に記載のない遺産が後日判明したときは、相続人山田花子がこれを取得する。
以上の協議を証するため本書を作成し、各自署名押印のうえ各1通を保有する。
令和8年○月○日
住所 ○○ 氏名 山田花子(実印)
住所 ○○ 氏名 山田一郎(実印)
※ 記載例は説明のためのものです。実際の財産や分け方に応じて書き方は変わります。
よくある5つの失敗
1. 相続人が1人欠けている
遺産分割協議は相続人全員で行わなければなりません。前の配偶者との間の子や、認知した子など、ご家族も知らなかった相続人が戸籍から出てくることがあります。1人でも欠けた協議は、やり直しになります。戸籍を出生までさかのぼって集めるのは、このためです。
2. 未成年者と親が一緒に協議している
たとえば父が亡くなり、母と未成年の子が相続人になる場合、母と子は遺産を分け合う関係にあります。民法では、親と子の利益が相反する行為について、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければならないとされています(民法第826条)。母が子の分まで署名しても、その協議は有効になりません。相続人に認知症の方がいる場合も、ご本人が内容を判断できなければ協議に加われず、成年後見人などの手続きが必要になります。
3. 財産の書き方があいまい
「自宅は妻へ」「預金は長男へ」だけでは、どの土地か、どの口座かが特定できません。法務局や金融機関で差し戻され、全員から署名をもらい直すことになります。
4. 印鑑証明書の期限と枚数
相続登記では、協議書に添付する印鑑証明書に有効期限は設けられていませんが、金融機関では「発行から3か月以内(または6か月以内)」を求められることが多いのが実情です。手続き先の数だけ原本が要る場合もあるので、先に提出先を一覧にし、必要な枚数と期限を確かめてから取りそろえると二度手間を防げます。
5. 「あとでやり直せばいい」と考えている
いったん成立した分割を、あとから家族の合意でやり直すことは、民法上はできる場合があります。しかし税務上は別です。国税庁の通達では、当初の分割で取得した財産を「分割のやり直し」として再配分した場合、その再配分で取得した財産は分割により取得したものとはならないとされています(相続税法基本通達19の2−8ただし書)。つまり、やり直しで動いた財産には贈与税がかかる可能性があります。協議書は「一度で決める」つもりで書いてください。
期限はないが、急いだほうがいい理由
遺産分割そのものに期限はありません。それでも、協議が長引くと次のような不利益が出ます。
- 相続税の申告期限(10か月)までに分割できないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例がいったん使えません。「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告し、3年以内に分割すれば、あとから適用を受けられます(国税庁 No.4158)(相続税の申告期限は10か月|間に合わない場合の対処法)
- 相続開始から10年を過ぎると、特別受益(生前にもらった財産)や寄与分(介護などの貢献)を主張できなくなります(民法第904条の3。2023年4月施行)
- 相続登記の義務(相続を知った日から3年以内)とも関わります
相続の手続きには、このほかにも期限がいくつも重なっています。全体の流れは相続手続きの期限は4つで整理しています。
実践のポイント
- 先に「相続人」と「財産」を書類で固める:戸籍と財産の資料がそろう前に協議書を書き始めないこと。書き直しのいちばんの原因です
- 不動産は登記事項証明書を見ながら書く:住所ではなく地番・家屋番号で。固定資産税の課税明細にない私道などの土地も、登記事項証明書で拾えます
- 「後日判明した財産」の一文を忘れずに入れる:相続税の申告に向けて財産を調べると、あとから口座や保険が出てくることは珍しくありません
- 相続税がかかるかどうかを、協議の前に確かめる:誰が自宅を取得するかで小規模宅地等の特例が使えるかどうかが変わり、配偶者がどれだけ取得するかで二次相続の税額も変わります。分け方と税額は切り離せません(配偶者の税額軽減とは?)
まとめ
遺産分割協議書は、ひな形を埋めれば終わる書類ではありません。相続人を漏れなく確定し、財産を特定できる形で書き、全員が自署して実印を押す。この基本を外すと、銀行や法務局で止まり、税務署で特例が使えなくなります。
そして、協議書は「書き方」より前に「何をどう分けるか」で決まります。分け方しだいで、相続税の額も、次の相続(二次相続)の負担も変わります。協議に入る前の段階でご相談いただくと、書き直しのない一通にまとめやすくなります。
「ひな形はあるけれど、これで通るか不安」という段階のご相談で構いません。相続人と財産の確認から、相続税を踏まえた分け方の比較、協議書に落とし込むところまで、順番に整理させていただきます。
初回面談は無料です。南山税理士事務所は名古屋市昭和区、地下鉄鶴舞線・いりなか駅1番出口から徒歩1分。ご相談から申告まで、代表税理士が直接担当いたします。
本コラムは2026年9月時点の法令等にもとづく一般的な情報提供を目的としており、個別の税務相談ではありません。記載例は説明のためのものであり、金融機関や法務局によって求められる書式・書類が異なる場合があります。具体的な判断にあたっては税理士等の専門家にご相談ください。
遺産分割協議書は、家族の話し合いを、一度で通る一通にする書類です。その一通を、一緒につくらせてください。

